震災があってから、ブログを書くまでにずいぶん時間がかかりました。
どうやってこの出来事に向かい合えば良いのか、気持ちの整理をしていたのだと思います。
今回の震災で命を落とされた方々の冥福を、心よりお祈りします。
自分も、3月11日以来、頭は停止しながらも身体は忙しくしていたのですが、ようやくブログを書く気持ちになりました。
自分は、ソーシャルマーケティングやデジタル技術という自分の専門性を、これから長い道のりになる復興のために、少しでも役立てられるように行動していこうと思います。
その覚悟がついたタイミングでたまたま舞い込んできたメールがありました。
被災地である宮城県岩沼市にボランティアとして行っている人から届いたものです。
これから復興を手伝いたい人にとって有益だろうと思いますので、転載します。
(被災地の情報を発信することは、彼の願いでもありました)
※当然ですが、ボランティアに行く際には、必要な情報をこの記事からだけでなく、様々なソースから手に入れることをお勧めします。
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同じ被災地でも、津波を受けた地域とそうでない地域には大きな差がある。
宮城県全体が悲惨なイメージがあるが、津波の被害を受けた地域以外はかなり平常に近い。
道中蔵王を通ったが、地震による道路の破損意外は気になる所はなかった。また被災地である岩沼市内においても、津波の影響を受けていない地域はかなり平常に近い印象をうけた。
飲食店やスーパーマーケットは営業しており、品揃えは悪いがコンビニも開店していた。ラブホテルまで門をあけており、普通の街並みに見えた。
この二日間で岩沼市と亘理町の2つの被災地を見たが、どちらも津波を受けていない地域はかなり落ち着いた印象を受けた。
一方津波の被害を受けた地域は悲惨なもので、車や船、流木などが散乱していた。
家も床上浸水から半壊、全壊など、住める状態でないものも多かった。なかには家自体が流された痕跡も確認できた。
現在は津波による被害で家を追われた人が避難所でやむえず生活をする状態であり、家が無事だった人達は自宅避難と言う形をとっているケースが多い。
津波が来たか来なかったかで、バッサリと状況が別れているのが被災地の第一印象である。
全員ではないだろうが、避難民や自宅避難をした人達は津波の被害を受けていない地域での買い物や飲食ができているようで、スーパーの買い物袋を下げて避難所に戻る人も見られた。
このようななかで今日(4月3日)は岩沼市で泥かきや片付けを行うボランティアに参加した。岩沼市では毎日100人を超えるボランティアが集まり、昨日は200人以上が参加していた。その大部分が岩沼市民であり、「岩沼市社会福祉協議会」のとりまとめのもと、様々なボランティアを行っていた。
ボランティアの受付も地元の大学生が行い、ボランティアの送迎や使用する道具の整備清掃も地元市民の手によって行われている。
一緒に泥かき等を行っていた岩沼市民の人や受付ボランティアの大学生は「自分の所(家や家族など)はなんともなかったし、手も空いてるんで」と口を揃えて参加の理由を述べる。
津波で家を流されながらも受付業務をこなす人もいた。
自然体で助け合う、地域社会の底力を垣間見た気がした。
また岩沼市で自宅避難をしている世帯では電気・水道・ガスのライフラインが復旧していない世帯が多く、家や庭に泥や漂流物があったりもするため、自宅避難をしているなりの困難も多い。
そういった泥や漂流物を撤去するために災害ボランティアセンターが組織されているのだが、岩沼市においてはまだそれほど認知されていないらしく、ニーズがボランティアセンターまで届かない事も少なくないらしい。
今日も作業中の家で近所の人にどこでボランティアを要請するのかを訪ねられたりもした。今日も200人前後のボランティアが集まったが、参加人数が要請を上回り、ボランティアがあぶれる事態まで起きた。
岩沼市においては、ボランティアセンターの広報が今後の課題のように感じた。
現地のニーズ
まず第一に、人手が一番のニーズであるように感じた。岩沼市ではボランティアがあぶれる事態まで起きたが、自衛隊の撤去作業が進み、ボランティアセンターの認知度が上がれば、泥かきや家具の運搬などを行う働き手のニーズは増えて行くと思う。
亘理町に関しては現在においても人手が足りていない。
これは若い男手のいない、お年寄りの世帯から多くのニーズがあがるようだ。
支援物資などについては数においては、十分な量が届いているようだが、末端に届くまでには多少の障害があるようである。
岩沼市の避難所で受付をされている方からお話を伺ったところ、
支援物資をとりまとめる市などの公的期間は、物資が避難民に平等に行き渡るように調整するため、被災者が平等に行き渡る量になるまで物資をさばかないそうである。
結果避難所にくる配給が遅れがちで、避難所での食事は三食が自衛隊から支給される白米だけだったりするそうだ。
今後この状況も解決されていくようであるが、現状は正規のルートではなく、ボランティアの人がカップラーメンなどを百食単位で直接避難所にもって来てくれると、現場の判断でさばけるので助かるそうだ。
私の場合はカップラーメン100食、ウェットティッシュ48箱、紙おむつ3袋をもっていき、ウェットティッシュが一番喜ばれた。
岩沼市でのニーズは
・カップラーメン
・下着
・靴下
・丈夫な靴(長靴など)・動きやすい靴(スニーカーなど)
・ジャージのズボン(特にL、LL。Mは余っている)
野菜などの生ものは日持ちもせず、人数分揃えるのが大変なため敬遠しているようだ。また野菜は何らかの形に調理する必要があるが、そのための人も道具もないらしい。
個人的には、できる人が現地で野菜を使った炊き出しなどができればよいと思う。
亘理町では下着はあっても困らないと言われた。また家を無くした人達が多いため、生活が安定するまでの断続的な物資援助が必要とのことである。
以上が自分が二日間でみた被災地だ。たった二日間のききこみのうえ、現場の状況は日々変わっていくので、何かやりたい人の多少の参考程度になればと思う。
現在すでに仮設住宅の建設が始まっている。
また亘理の避難所ではゲームや鬼ごっこなどで楽しく遊んでいる子供たちもいた。
津波に飲まれていないところでは居酒屋なんかも始まっている。
復興は早いと思う。