阪神・淡路大震災から15年を経て思うこと

神戸に行ってきました。


神戸には、僕が2000年から2005年までの6年間住んでいた学生寮があります。
(その間に合計約2年間の海外インターンはありましたが)

その寮には、阪神・淡路大震災で親を亡くした子ども(震災遺児)たちのケアセンターが併設されており、僕は震災遺児のケアにボランティアとして携わっていました。

先日、古巣であるその寮に行ってきて、この冊子を手にしました。

Words of Hanshin-Awaji earthquake orphans-after fifteen years.

震災遺児の子どもたちが、15年を経て今の想いをつづった冊子です。

15年を経て、多くの子どもたちが自分の力で未来を築きつつある。

それが分かって、心から良かったと思う反面、この冊子に載っていなかった子どもたちが今どうしているのか気がかりで、居ても立ってもいられない気持ちになりました。

親が早くに亡くなったり、離婚したりして、「家族」というつながりにダメージがあったり、そのつながりが機能しなくなってしまった。
いまの日本社会は、そんなときに子どもを支えることのできる「つながり」が非常に弱い社会だと思います。
(これは子どもだけでなく、大人にとっても同じだと思います)

神戸空港を初めて使って、東京に帰ってきました。

自分がしたいのは、人と人が支えあい、お互いを幸せにできる「つながり」を創り出すことだ、と改めて感じた神戸への旅でした。

(この想いは、今デジハリ大学院で僕がやっている、フリーランス同士のつながりをつくる活動である「デジハリ田舎実験室」の根底にも、強くあります)


Kobe airport in Hyogo pref.