5歳からプログラミングをし、17歳のときにたったひとりで世界的な写真共有サービスをつくったアメリカ人技術者が、ビジネスパートナーの日本人と一緒に、今日デジハリの授業にきました。
彼は、それまで活動していたシリコンバレーを捨てて、ひとりで来日。
いまは「日本の」会社の、創立者兼最高技術責任者です。
彼の話は、ざっくり言うと以下のような感じでした。
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自分がシリコンバレーに行ったときは、みんなおもしろいから作る、という人たちだった。
そこで、たくさんのイノベーションが生まれていた。
しかし、YouTubeがGoogleにたいへんな額で買収されて以来、シリコンバレーには大量のMBAホルダーの人々が流れ込んできた。
やがてシリコンバレーはお金のために開発しよう、儲かるからこれを開発しよう、という人々の場所になってしまった。
そして、シリコンバレーからイノベーションが消えた。
だから自分は、素晴らしい通信インフラがあるにもかかわらず、モバイルを中心にまだソフトウェアの開発の余地がある日本に渡ってきた。
自分は、イノベーションが死んでしまったアメリカにはもう2度と戻らない。
この日本で、ほんとうに情熱を傾けられる仕事をする。
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ビジネスパートナーの日本人によると、彼は「会議」を嫌がるそうです。
talkして何が進むんだ。とにかくactionしなきゃ。talkよりdoだ。
そうしなければ、僕たちの目指すものにはたどり着けない・・・と。
なるほど、ITで世界を変えてきたシリコンバレーは、こういう熱狂的な技術者の
情熱に支えられていたのか、と実感しました。
省みると、いま日本でグリーンな仕事をしている人たちにも、
ほんとうに情熱的に働いている人々がいます。
(そして僕もそうありたいと願うひとりです)
「いまがんばっているみんなの情熱が、次の世界をつくる」
というのも、あながち言い過ぎではないのかもしれません。
デジハリでのイベントは、
・100人以上のお申し込み
・『森林ノお米』を『株式会社結わえる』に握ってもらったオニギリも大好評
・今後の活動にも関わってくれそうな人々との出会い
など、非常に実りあるものになりました。
来てくださった方、ほんとうに、ありがとうございました。
企画者の一人として僕が伝えたかった
「地域のためにwebなどのクリエイティブの仕事を創り出すのは、きっとおもしろいよ」
というメッセージは、いくらか伝わったのではないかと思います。
その後、イベントをきっかけに知り合った人と話していて、非常に大きな気づきがあったので書いておきます。その人は、生まれも育ちも東京都文京区なのですが、
・文京区に昔から住んでいた人同士ではコミュニティができている
・その意味では、文京区もひとつの「地方」であり、都会が「人と人のつながりが希薄」というのは間違い
・都会を「人と人のつながりが希薄な土地」にしているのは、コミュニティに馴染もうとしない地方出身者では(コミュニティ側の受け入れ体制がしっかりはしていないという問題もあるが)
・人が流入することで地価が上がり、相続税が払えなくて都心のコミュニティから出て行かざるをえない人も多い
・だから、都心のコミュニティを守るためにも、地方の過疎を防ぐためにも、田舎をもっと住む場所として魅力的にしていかなければいけない
なるほど、と思いました。
自分が住んでいるのは江戸川区なのですが、進んで地域に入り込もうとしていたかというとそうでもありませんでした。
実はこうした地方出身者の地域へのスタンスこそが、都会を住みづらい場所にしているのかも、と。
人の移動がこれまでになく激しくなっている現代において、「住む場所を選ぶ」というのはなかなか難しいことですし、「住み続ける場所を選ぶ」となるとますます難しい。
そんな中で、クリエイターはどのようなワークスタイル・ライフスタイルで地域とつながっていけば良いのか。
模索は、これからも続きそうです。